すきなものごと

毎週金曜日、21:00更新。車いすダンサーです。HP:watername.net

記憶の不確かさ

ちょっとまえに、スタバの抹茶ラテをシロップ抜きでのんだんですが(スタバのドリンクって、なんであんなにもあまいのでしょうか!)、ちゃんとお抹茶の味がして、

お茶をならっていたのはほんとうにちいさいころ、まだ祖母が生きていた頃の話だから、かなりまえのことだけれど、

抹茶の粉をいれていたちいさいつぼのにぶい赤さ、とか、耳かきみたいなやつとか。茶室の体感的なおおきさ、お湯をわかすやつとか、「袱紗さばき」のやりかたをちっともおぼえられなかったけれど、語呂が良くて名前は、すぐにおぼえたこととか。いろいろがばっと、

お茶をたてるときに、かきまぜる丈の泡立て器みたいなやつ(語彙!)、日常的に着物を着ていた、祖母のシルエットや仕草。

お抹茶のおいしさはわからなかったですけれど、和菓子はだいすきでした。かわいいし、ちいさくきって食べるんだけれど、すごくあまくて。落雁よりも、練り物がすきだったから、お茶のたのしみはもっぱら「きょうのお茶菓子なんだろう!」でした。

ふだん、あんまり甘いものを、食べてはいけない決まりだったからうれしくて。お茶碗をまわしてのんで、またまわしてもどす、とか飲み口をきれいに、とかね。

それで、これは長きにわたって「???」な記憶なんですけれど、

茶道でつかう器って、ものによってはおそろしい値段なんですね。それで、管理の方法がわるかったらしく、高かった器がどろどろ(溶けかけて)しまった、

祖母が「せっかくいいやつだったのに」「食べられるんだよ」というので、ためしに食べたらあまくておいしい。「もっと食べていい?」ときいたら「いいよ」というので、たくさんたべました。

いまおもいかえすと、どんな管理したらどろどろになるの?そもそも食べられるわけなくない?って感じなんですけれど。ながいこと「それはそうだ」とおもってました。

自分史を書くと、どんなに正確に書こうとしてもフィクションになる、というのは、なにで読んだかわすれましたが、

記憶って不確かなもので、それでいて「わたし」という認識は、記憶に依存しています。人間ってすごい!とおもいました。おわり。

○。きょうの一曲。○
youtu.be
特筆すべきは、さやさんのうつくしさ。
元になってるka na taの動画みたとき、かるく吐きそうになりました。みょろっとしてた。