なみだでいっぱいになった部屋、は、なかなかひらかなかった。
ほんとうにひらくつもりがあるのだったら、いろいろな方法があったとおもうけれど。ほんとうにひらくつもりはなかったから、申し訳程度に、ノブを数回まわす、
そんなことばかりをくりかえしていたけれど、窓の外に木を植えて、花をそだてて、風の音をメロディにしたら。部屋のなかでなみだに浮かんで、まどろんでいることがわかった。
その部屋は、海でできていた。さわることができないのに、ぜんぶが生まれる場所として、そこにただ、存在していた、
しずかな寝息は、ほんとうはこちら側には、とどかないはずのものだった。だけれどいつでも、気配はしずかに、まどろんでいた。
わたしはもう自由だったから、どこにでもいけるはずだった。
だけれど海でできた部屋のなかに、わすれものをしていたから。満ちては引いて、繰り返す音をなぞっているうちに、10000年が経ってしまっていた。無限のくりかえしのなかでただ、しずかにかわってゆくものだけを、ながめていた。
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四角いものはかたい。かたいものは脆い。うまれてはこわれてゆく、そのことにほんの○年もかからなかった。
丸いものはころがる。ころがるものは移動する。移動するものはかたちをかえる。まるいものはやがてぐるぐると円をえがきはじめて、円の中心にうまれるものは永久運動にちかい、
それは幾度となく繰り返されることだった。あたしは傍観者だったから、そういうものをながめているだけで、全部を知ったつもりになっていた。わたしは海の部屋の気配と血のめぐる音が似ていることを知っていたけれど。
あたしはあそこが嫌いだった。もっと嫌いなのはぜんぶを、わかったふうな、
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海の部屋からみずが、ながれだした、
窓が壊れたのだ。わすれものをとりにいこうとしたら、そこはいつの間にか宇宙になっていた。宇宙のなかでたったひとつのペンダントをさがそうとしたら、出口が、わからなく、
呼吸はかわらずにくりかえされていた。ここには(まだ見つけられていないけれど)わすれてきてしまったものがあって、血のめぐる気配もある。外で育てたものならば、ミニチュアにして育てなおすことができた。
育てなおしたものはひかりを発していたけれど、陽のひかりはなかった。ずっとここにいればいいとおもった、
まどろんでいた気配に、ガラスをちいさくひっかいたときのような、悲鳴が混じっていた。だけれどひかりをつくりだすことに夢中でそれは、呼吸の音にかき消された。
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育てなおすことにもやがて飽きてきた、いくら剪定してもそれらは同じ方向へ伸びていった。窓のあるほう、おそらくは陽のひかりがあるほう、
だから出口が、どの方向にあるのかは知っていたけれど。宇宙のなかでくりかえされる呼吸はいつの間にか、色を変えていた。なんどもなんどもくりかえすなかで、とがったものがまるくなっていることに気づいた。
だけれど、まだ見つけていないものがある。呼吸はいつの間にか夜のいろになっていて、昼間のなかで息をすれば夜をつれてくるのだろう、
わたしはずっと迷っていた。あたしはわたしがミニチュアを育てているあいだに、ペンダントとわすれものを、みつけていた。
☆
こわがらなくてもいいと、あたしが何度くりかえしても。わたしは曖昧にわらうだけで、動こうとはしなかった。そうして瞳だけで器用に、なみだをこぼすのだった。
わたしがなみだをこぼすたびに、海の部屋から潮がひいていった。宇宙の色がだんだんに、うすくなって次に、ふかいふかい紺色になった。星は陽のひかりのミニチュアだった、ただくりかえされるそれを、
海の水位はくるぶしくらいになって、そこはただの部屋になった。
ドアをあけることもできるし、窓を開くこともできるただの部屋。部屋のなかにちいさく、
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つぎは1F!