すきなものごと

毎週金曜日、21:00更新。車いすダンサーです。HP:watername.net

なみとなみだ(1F)(短文)

僕たちは、世界でふたりきりだった。

肌をぴったりあわせて、おなじように言葉を添わせて、繰り返すうちに色が増していった。ちいさなワンルームで知ったこと。それは世界中を旅するよりも、たくさんのことだったのかもしれない。

こんなふうになるはずじゃなかった、と、何度もおもった。育ちきらないからだか、かたちを変えてゆくたびに。衝動と行動とあきらめのあと、てのひらが感触を、覚えてゆくたびに。

かえのきかないものを、持つつもりではなかったから。ただ長すぎる時間を過ごす相手が、繰り返される思考を止める方法が、欲しかっただけだ、

気づいたときには、もう遅かった。僕は変わらずひとりきりで、それは一緒にいても、変わらなかった。だけれど、失くなったらどうなるのだろう。ふとした時によぎった想像に、

ふたつのものが、真逆にゆれた。

毎日の生活のなかに、あたりまえにあるもの。すこしずつ養分を吸って根を張る木のように、それを抜き去る方法を、僕は知らなかった。時間とともに、風景の一部にする方法も、知らなかった。

帰らなくてはいけなかった。帰りたくない場所に、好ましくないひとたちがいる場所に。だから一度だけ腕をまわして帰るのが、いつもの挨拶みたいなものだった。すきまの、汗にぬれていた肌は夏の記憶。冬にはできるだけさっと、外はとても、寒かったから。

僕を見返すまなざしのこと。失い難いものが、自分のからだのそとにあるということ。それがもう、自分の命のちかくで、息づいているということ、

壊してしまえ、と、片方が囁いた。もう片方とのあいだで、どちらも選ぶことができずに、

大人になるにつれて、いろいろなことを覚えていった。ふたつのもののあいだで立ち尽くすようなことはもう、なくなっていた。

「別れたの?」
「なんでかね」

付き合いの長い友人は、不快そうな顔をして、

「だっておまえ、好きじゃなかったじゃん、」

注意深く見つめながら、同じ方向に同じくらいの強さで、身体を傾けた。心が伴うこともあったし、伴わないこともあった。それが優しさとして受け取られるのは、最初だけだった。

「そうかなあ」
「クソナルシスト。相手がかわいそすぎるわ」

焼き鳥とハイボールの組み合わせは、何回繰り返されたんだろう。何回繰り返したんだろう。かたちをなぞるたびに、はじめにあった広がりが、消えてゆく。ある意味ではちゃんと、傷ついていたけれどそれを、こいつにいうのは癪だった。

「アナタハワルクナイワ!票のが多いよ」
「な。気色わりいな。」

話はすぐによそに、転がってゆく。ほとんどが麻痺したままで。重力はどこにいったんだろう。アルコールに浸かりきって、真夜中の空に点々と浮かんでいる星を、見ているのと似てる。ふたつのものなんて、ほんとうにあったんだろうか。

その瞬間は、そう思うのに。

繰り返すこと。繰り返されること。だけれどすこしずつ、それだけのことに、気づくまでに。

似たような人達と、すれ違うことがあった。分かち合えないものがあることを、心底知っている人達。すこしずつ理解していった、混じり合えない淋しさをからだに染み込ませているのは、強く求めるものがあったから、

あの時にほんとうは、求めるべきだったのだ。怖いのだと口にすればよかった、嫌がられてもそばにいて、突き放されてもまとわりつけばよかった。

似た者同士だった。どこまでも、

言葉の裏側に響くもののこと。ほんとうに「それ」に、気づかないわけは、なかったのに。

部屋のドアは、開けたままになっている。隙間からとろりと、溢れだしたのは、

わたしは、猫を飼っていた。ダンボールに捨てられていた猫と、目があってしまって、手のひらに乗るくらいのおおきさのそれを、シャツとセーターのあいだにいれた、

ちいさくちいさく、震えていた。飼える状況ではなかったから、戻してこなければとおもった。だけれどきっと、お腹が空いているとおもって。いちばん家から近かった獣医にみせた、とても高い診察料で手持ちが足りないといったら、すこしおまけしてくれた。

指示されたとおりの餌をあげて、すこしのあいだのつもりだったから、捨ててもいいタオルを、トイレにして。ざっざとかきわけようとするので、トレイとトイレの砂を、買ってきた。

まあるくなって眠っていた、その子。もういちど獣医に見せようとまた、胸元のシャツと、セーターのすきまにいれたら(ほかの場所だと、潰しそうな気がしたのだ)、外に出た瞬間にぎゅうううっとつよく、肌に食い込むくらいに、爪を立てた。白いシャツはすこしの、血でよごれてしまった、

里親を、ほんきでは探していなかった、たぶんひとみしりをするだろうとおもった。ごはんをあげるためのトレイは、気に入って使っていたお皿にした。よくいく古道具屋さんでたまたま、フィンガーボールみたいな器を見つけて、それに飲み水をいれた。毛玉の塊を履くことがあったから、猫草を、買ってきて。そこらじゅうで爪をとごうとするので、爪とぎを買ってきた。

いちにちいちにちと、のばしているうちに、その子のためのものがどんどん、増えていった。名前をつけたのは、随分あとになってからだ。鳴き声をよく真似していたら反応するようになっていたので、「みゃあ」という名前にした。

とても臆病な猫だった。ひとがくると、手の届かない高いところまでいったり(おかげで賃貸なのに、柱がぼろぼろになった)、さっと隠れたまま、出てこなかった。だけれどわたししかいない家のなかではのびのびと、まあるくなってくつろいでいた、みゃあ。

なんだかいつも、おなじようなことをしている気がする。こういうパターンはあんまり、変わらないものなのかもしれない。

。○。○。○。

はじめて会った時に笑顔が、顔の表面に浮かんでいるようなひとだなとおもった。だけれどまるきりのうそでもなさそうだったから、嫌うことも好きになることも保留して、顔を合わせる回数が増えるうちに、なし崩しにそういうふうになった。

おおきな喪失の気配。それは、みんながわかることなんだろうか。わたしはそれを気配ごと、慎重に隠していたので。時折それをのぞかせる無防備さが、とてもうらやましかった。

 

めのまえで、ながされた涙を見た時に。なにかのかわりみたいだとおもった。空洞に音が響いていた。とてもやわらかい色で、

空洞を見えなくするために、動きをとめていたもの。とめたつもりでいたもの。もしかしたらずっと、わたしのなかで起こっていたかもしれないことを、棄却し続けていた、

わたしは、手をまわす。泣き止むようにではなく、空洞の気配を、かんじるために。ちがうふたつのものが、波打つのがわかった、

「みゃあ」と、名前をつけたときのことを、おもいだしていた。名前をつけるまでははんぶんくらいはもどしてこようと、おもっていたのだ。できるかどうかはともかくとして、なんとなくの逃げ道を、のこしておきたかった。だって猫は、わたしよりもはやく死んでしまう。

このひとはたぶん(間違いなく)、とても面倒なひとだ。だけれど猫を飼うこともできたのだし、と、口にしたらひっかかれそうなことを、おもった。

わたしもやっぱりゆがんでいて、それをもとにもどすことはできない。いびつなふたつのもの。永遠なんてなくて、うつくしさとも遠いもの。だけど、

わたしはわたしを抱きしめていた。おなじように、わたしでないものを、抱きしめていた。

○。○。○。

おなじテーマでフロアをかえてみよう、とゆうこころみでした。一階に集約できる腕がほしい。