すきなものごと

毎週金曜日、21:00更新。車いすダンサーです。HP:watername.net

夏の記憶(短文)

そのかたちのことを、おぼえている。たとえばいまを、たしかめるみたいに、

右と左がなかなか、おぼえられなくて。黒板の両端にはられたマグネットをなんども、確認していたみたいに、

それとおなじものをさがしていた。ずっとずっとさがしていた。

おなじものはなかったから、めのまえのもののかたちをすこしだけ、つくりかえて、

そうするとおなじもの、は、すこしだけ歪むので。とろとろとしたものがすきまをながれて。

からだとからだのあいだにながれて。なみだになるまえのかたちが、するすると溶けてゆくみたいに、

長針は、まわっていった。短針は、うごかなかった。かけたままの世界には、いつでも。音楽がながれていた。

夏の夜には車で、海に行った。山をひとつ超えて、いくつものカーブを通り抜けて、不穏な車とたまにすれちがいながら、

なにを話していたのだかは、もう覚えていない。ただふたりでいるときにいつもそうであるように、空気の重さが色が、かたちになっていた。

音楽をかけながら、いつもだいたいおなじアルバムを、たまにそうでないものを。夜景の綺麗な場所に車を止めると、身を乗り出してそれを見つめている、横顔にはなにも映っていなかった。

触ると肌は冷えていた、窓を開けると閉めてくれと言った。冷えていたものは温まる、くりかえして、そうしてまた冷えた頃には、海につくのだった。

それがなによりも、確かだった頃のこと。

。○。○。○。

おぼえていることをわすれるし、わすれたことはぜんぶがまじって色になった、

不思議な絵の具は、つよくおもうとその色になる。

いつもはうまくいかなくて、ぶどうやいちごを、摘んできて。すこしずつだけ混ぜて、

すこしくらくなってしまったら、雲をちぎって。空をスプーンで掬いとって。

いちどつくった色はまた溶けても、またうまれる。くりかえしてくりかえして、わすれるくらいに、くりかえして。

あの時に、なにも映っていないと思っていた横顔。夜景になにを見ていたのかを、僕は知らない。ただ小さな予感に怯えていた。触れた身体のなかに空洞の気配がして、それが大きくなっていくように感じていた、

もしも、あの時に。解けない呪いのようにそれは、空気に触れない場所で深くを、縛っていたけれど、

いつの間にか部屋には風が通って、それらはただたゆたっていく。

後悔だったものを眺めていると、ただそれらはそこに在った。たとえば手や足と、おなじもののように。

◎○●○◎

空をスプーンで掬ったから。宇宙がかおを、のぞかせていた。

雲をすこしだけ、ちぎったから。くらいあなが出来てしまった、

でもいいのだとおもった、もうすぐぜんぶが、かたちをかえる。

たくさんの種はそだてられて、土に還ったらきっと、あたらしい種がうまれる、

呼吸と土と、それからぜんぶの。まじって。

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8月はいってすこししたあたりに、書いたやつ+αです。こないだつくったやつのB面とゆえなくもない!