そのかたちのことを、おぼえている。たとえばいまを、たしかめるみたいに、
右と左がなかなか、おぼえられなくて。黒板の両端にはられたマグネットをなんども、確認していたみたいに、
それとおなじものをさがしていた。ずっとずっとさがしていた。
おなじものはなかったから、めのまえのもののかたちをすこしだけ、つくりかえて、
そうするとおなじもの、は、すこしだけ歪むので。とろとろとしたものがすきまをながれて。
からだとからだのあいだにながれて。なみだになるまえのかたちが、するすると溶けてゆくみたいに、
長針は、まわっていった。短針は、うごかなかった。かけたままの世界には、いつでも。音楽がながれていた。
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夏の夜には車で、海に行った。山をひとつ超えて、いくつものカーブを通り抜けて、不穏な車とたまにすれちがいながら、
なにを話していたのだかは、もう覚えていない。ただふたりでいるときにいつもそうであるように、空気の重さが色が、かたちになっていた。
音楽をかけながら、いつもだいたいおなじアルバムを、たまにそうでないものを。夜景の綺麗な場所に車を止めると、身を乗り出してそれを見つめている、横顔にはなにも映っていなかった。
触ると肌は冷えていた、窓を開けると閉めてくれと言った。冷えていたものは温まる、くりかえして、そうしてまた冷えた頃には、海につくのだった。
それがなによりも、確かだった頃のこと。
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おぼえていることをわすれるし、わすれたことはぜんぶがまじって色になった、
不思議な絵の具は、つよくおもうとその色になる。
いつもはうまくいかなくて、ぶどうやいちごを、摘んできて。すこしずつだけ混ぜて、
すこしくらくなってしまったら、雲をちぎって。空をスプーンで掬いとって。
いちどつくった色はまた溶けても、またうまれる。くりかえしてくりかえして、わすれるくらいに、くりかえして。
☆
あの時に、なにも映っていないと思っていた横顔。夜景になにを見ていたのかを、僕は知らない。ただ小さな予感に怯えていた。触れた身体のなかに空洞の気配がして、それが大きくなっていくように感じていた、
もしも、あの時に。解けない呪いのようにそれは、空気に触れない場所で深くを、縛っていたけれど、
いつの間にか部屋には風が通って、それらはただたゆたっていく。
後悔だったものを眺めていると、ただそれらはそこに在った。たとえば手や足と、おなじもののように。
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空をスプーンで掬ったから。宇宙がかおを、のぞかせていた。
雲をすこしだけ、ちぎったから。くらいあなが出来てしまった、
でもいいのだとおもった、もうすぐぜんぶが、かたちをかえる。
たくさんの種はそだてられて、土に還ったらきっと、あたらしい種がうまれる、
呼吸と土と、それからぜんぶの。まじって。
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8月はいってすこししたあたりに、書いたやつ+αです。こないだつくったやつのB面とゆえなくもない!