すきなものごと

毎週金曜日、21:00更新。車いすダンサーです。HP:watername.net

おどるのあれこれ

ちょっとしたら、おどる予定がいくつかあるので、

のんべんだらりん(?)としつつも、ちみちみ鍛えつつ。

コロナで、ひとに会う絶対量が、すごく減ったのですけれど、

なんでおどること、にそんなに心を決めたのかを、すごく思い出しました。

 

コンテンポラリーのコンタクト、ってゆう、からだとからだで、感覚を伝導?するみたいなやつ、

わたし、おどる前からできたんですよ。でもそれってゆうのが、わりと手間暇かかるっていうか、

観念的に説明すると、相手の同意を得て(信頼関係をつくって)、皮っていうか膜?を透過しつつ(玉ねぎ方式)、そこまで辿り着くのにもんのすごい時間かかる。

 

おどるようになってから、なにこの天国??っていう感じでしたよ、

「はい、コンタクトやりましょう〜」で、できる!

手間暇かけた時よりかは、当然薄いのですけれど、たまに物凄い人がいますしね。

 

ふつうの時にやると(相手によっては)ちょっとアレになってしまうので、基本的には同意(信頼関係)がなかったら、やってはいけない(とわたしはおもってる)類のことなんですけれど、

水を飲むみたいに、なにかを感じることが、必要だったから。

 

わたしの場合はだから、それは元々のものなんですけれど、

かたちにするということ、練るということ、それは時間をかけるしかなくて。

そのひとつひとつが、これまでのなにかしらを参照、させたりもして、

本当にねえ、しみじみと、うれしいのです。

 

色々なダンスを見ていると、なにかしらの文脈でつくられたもの、っていうのはやっぱり、鍛錬しているひとだと見えるものが、あったりして、

文章書く人でもたまにいますけれど、「何をどうやっているの!?」とびっくりするような、その向こうを作品にしちゃうひともいて。

 

果てしないなあ、とおもいつつ、ここにあるからだ、を、いっぱい感じつつ、

コロナがねえ。発令出ると身動き取れなくなるので、うーーーん。しみじみと。

わたしの場合は、関係性のなかにいないと、いろいろがキツくなってしまうので、

わりとそこは意識しつつやってきて、そういうのもね、すごく恋しいし。はやく、おどりたいなって。いろいろが、とてもたのしみ。おわり。